空想科学祭2010 感想・レビュー掲示板

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[20] 「空想未来小説」宇多瀬与力 Name:空想科学祭実行委員会 Date:2010/09/01(水) 21:38 [ 返信 ]
【題名】空想未来小説
【あらすじ】
大正時代最後の夏の東京。無名作家の青年、賀集一喜は、一高生の友人、大正明治の付き添いで訪ねた岩倉家で、21世紀の女子高生、中沢菜々だと主張する少女、岩倉なな子と出会う。彼女の言葉を信じた賀集は、二人で21世紀を舞台にした小説を書くことを決める。
【名前】宇多瀬与力
【区分】中編(完結済)
【URL】http://ncode.syosetu.com/n5395n/



[74] 納得できる強み Name:栖坂月 Date:2010/09/15(水) 10:53
面白かったです。精神の時間移動という特殊な状況を中心に、様々な要素が絡み合った幅のある作品でした。これだけ詰め込んで読後感がスッキリとしているのも見事です。最終的な結末はお約束から外れるものではありませんでしたが、ここはむしろ正解だと感じます。
いくつか、なな子の精神の行き先とか大正の結末とか、もやもやする部分もありますが、それが書ききれていないのではなく、想像する余地を残しつつヒントが散見されているように見えるところも興味深いですね。納得させるための匙加減とでも申しましょうか、丁度良いポイントを見極めようという意識が感じられます。ただもちろん、この加減には個人差があると思いますから、私は偶然合っていたというだけなのかもしれません。
作品内小説も実にそれらしく作られており、その部分でも感心させられますが、その挿入の仕方に関しては少しばかり不自然かなと感じられるところもありました。とはいえ、あれだけの長さがある文章をバランス良く切り貼りするのは難しいでしょうし、妥協点としては真っ当であろうとも思います。
楽しませていただきました。


[188] まさに『空想』という名に相応しく。 Name:饅頭は空を飛ぶ Date:2010/10/13(水) 15:02
こんにちは、大正明治の読み方にくすっと笑いながらも、楽しませて頂きました。感想です。

年号や、今にあって昔には無かった物、昔にはそう呼ばれてあって、今にある物、無い物……物が、そもそもどういう物かを知らずに人は道具を使っていますよね。菜々を通してそれがよく分かります。そんな、現代代表(笑)な菜々との会話でのやり取りが面白く、その食い違いが同時進行していく空想小説のなかで展開されていき、大変興味深かったです。でも、メエル機能がえらいことになってしまいましたね。といいますか、微妙にこんなケエタイ欲しいかも(笑)。最初からちらほらと散見する猫(ああ青ダヌキが勝手にチラつく笑)がラストで機能もして、いい効果味を出しています。

ただ、そうですね、許容範囲ではありますが、菜々が現代人で女子高生であるというには、もう少し誇張にでも『イマドキ』さがあってもよかったのでは、というのもありますし、個人的さも含みますが読む途中で誤字脱字の他でも「ガッツポーズ」という、雑学としても新しい固定イメージの強い言葉が大正という世界観的なイメージを、微々ですが壊してしまったという点。それから、ここを読後に考える所ですが、曖昧さ加減ですね。消化加減を何処までよしとするのか。解明しすぎず、なさすぎず。それは『空想』という所においての、読者に課せられた想像力だと思います。このモヤモヤ感は、個人によって分かれることでしょうね。押さえておくべき所はガチで押さえてあるので安心安定で話の経過はスラスラ読めますが、最後。うーん。あ、自分は勿論全然OKでした、青ダヌキの気まぐれでいいですよ超適当(笑)。
最後の結末については、全くの私事ですが、昔に読んで好きだった小説のことを思い出しました。その結末の場面とシチュエーションがほぼ同じで重なり、上手いことに感動部分が相乗効果になってしまったんだなあと思います。もしそれが無かったら、突拍子もないような、それに近い感覚で話は終わってしまったことでしょう。突拍子もない、というのは感覚でそう思っただけのことであって、これまでの話の経過を思い返せば、という余地を残しつつ、締め括る。いやー、何だかんだと言いながら思いを巡りましたが、とてもいいラストでした。ロマンでした(笑)。ごちそうさまです。

それでは、とても面白かったです。
貴重な楽しい時間を、ありがとうございました。失礼します。


[257] RE:「空想未来小説」宇多瀬与力 Name:石神航 Date:2010/10/21(木) 06:13
 雰囲気に酔い、時代に酔う。そんな表現がしっくり来るような作品。多少後半、強引だなと思う点もあったが、思い返せばそれに続く伏線もしっかり張ってあり、上手く回収するために積まれたプロットの緻密さに唸る。面白い。
 大正時代というロマン溢れる世界に、SFを上手く引っかけた。相当な資料量であることを覗わせる細かい説明や地理解説に、読者は引き込まれてしまうだろう。ただ、一部その説明に無理矢理感があったのは否めないところ。もう少しやんわりといかないものかと首を捻ったり、勿体ないなと呟いたりしながら最後まで読んだ。
 物語に挿入される空想未来小説なるものが、丁度本筋とリンクしているのも面白かった。見せ方の巧さは、それだけで武器になる。まあ、内容が内容だけに、突っ込みまくりだったのはさておくとして、だ。
 それでも、引っかかりに負けないほど魅力的に人物絵を描き、先へ先へと導いてくれる文章力は流石。読み終えてみると、もう少し読みたかったなと思ってしまうのだ。
 やはり、他レビュアーの感想にも散見するように、結局賀集の小説はどうなったのだろうかというのは気になる。そして、予定調和とも言えるべきラスト、急に現れた一人称に戸惑った。彼は何者なのか、物語の大筋とどれほど絡むのか。これも、想像にお任せと言うことなのだろうか。……気になる。


[276] RE:「空想未来小説」宇多瀬与力 Name:尚文産商堂 Date:2010/10/23(土) 17:59
二人のこれからに期待ができる作品だったと思います。

肉体ではなく、精神の時間旅行ということでとても楽しんで読ませてもらいました。読み進めて行くにつれ、次の展開を早く読んでみたいという欲求に駆られ、一気に読み進めてしまいました。

[303] RE:「空想未来小説」宇多瀬与力 Name:鳥野 新 Date:2010/10/26(火) 06:35
 いや〜、背景がかっちりと書き込んであって読み応えがありました。良く調べられてますね〜。挿入される物語は、昭和初期の挿絵で劇画化して欲しいくらい。(脳内ではそう変換させていただきました)上野駅が仮駅舎とか、譚海とか、随所に作者のこだわりが感じられて楽しかったです。賀集と菜々の甘酸っぱいような関係が、もどかしくも羨ましく(笑)知らず知らずのうちに応援していました。
 時代の雰囲気が充分に満喫できました。面白かったです。


[388] 感想返信 Name:宇多瀬与力 Date:2010/11/20(土) 22:21
まずは返信が遅くなったことを深くお詫び申し上げます。

また、中篇作品という手軽とは言え難い長さの作品を読んでいただき、なおかつ感想までも書いて下さった皆様に深く感謝の意をこの場を借りて表させていただきます。
それでは、各感想への返信とさせていただきます。


>栖坂月様
ご感想ありがとうございます。
この手のSF作品はやっぱりお約束と言われようと、ハッピーエンドでなければ! という想いが自分の中にありまして、それを受け入れていただけたことが大変嬉しく思います。
作品内小説は、内容も去ることながら、書き上げてみたときのボリュームに戸惑ったのは事実です。当初は数箇所程度のシーンが変わる章末に記載する程度と考えていたのが、いつの間にか細かいシーンの切り替わりに差し込まざる得ないながさになってしまった! という自分の未熟さ故の妥協策が現在の挿入になっています。
さて、問題となりますのは、やはりなな子本人と大正の顛末でしょう。やはり、ここで回答をすべてさらしてしまうのは、「空想」を看板にしている作品にふさわしくないと思いますので、控えさせていただきますが、実際に読み返してみても、ヒントが少ないのもまた事実です。
補足は後で載せますあとがきに示すとして、この疑問に関する範囲でとどめたヒントを書かせていただきます。
大正が作り出したタイムマシン(とここでは書かせていただきます)は、一度切り離した精神を「戻す」装置です。イス取りゲームを時間の概念を無視した条件で考えてみたものです。
イスが減れば、または参加者の人数が減れば、結局イスに座った人の数はどうなるでしょう? また、座れなかったら……。
これがヒントになるか、若干私の日本語能力の問題になっている気もしますが、答えを想像していただければ幸いです。


>饅頭は空を飛ぶ様
ご感想ありがとうございます。
大正明治の読み方は、まさかこれで名前にならないだろうなぁなどと思いつつも調べてみたら、読める! とわかった為、ツッコミを期待して使用しました。
私自身もそうですが、情報が多様化して、便利なものが沢山生まれた分、使い方や機能は理解しても、全くそれがどんな原理でどういう構造で成り立っているものなのかを説明するのは難しいです。電話は糸電話があるので、(当時も存在しているし)説明が可能であろうと思いましたが、メール機能、特に電子化された存在はその道に触れている方でないと資料なしには難しいでしょう。便利なものは誰でも使える分、誰にでも説明をするのが難しいものだと思っています。
現代社会ですと、カルチャーギャップも似たようなものかもしれませんね。背景が理解できないと、お互いのイメージが共有できない…そんな経験から生まれたネタです。
菜々の「イマドキ」さは、私の中ではなくてよかったと思っています。理由は、あの特殊な環境下で結果的には柔軟に適応している菜々のイメージは、当人は意識していなくてもどこかにしっかりとした芯がないと難しいからです。それを踏まえた家庭環境であり、少し「イマドキ」の女子高生からはズレた菜々のイメージが出来上がりました。
「ガッツポーズ」は改めて見ますと、確かに違和感アリアリ? でした。そもそもガッツポーズする文科系女子高生って時点で変な気がする……。
ご指摘いただいたとおり、この作品の最大の問題点は、読者が「空想」をしなければならないことです。書き手からの理想は、「空想」という文字にされていない部分も読者と私が近いものにできることですが、これは実際に皆様の感想を頂いて、本当に難しいことだと改めて実感いたしました。
いつか、読者も私も、お互いがスッキリと納得のできる「空想」を提供したいと思います。


>石神航様
ご感想ありがとうございます。
SF作品、つまり空想科学。宇宙や時間旅行、夢みた世界を想像する作品。つまり、浪漫。だったら、大正時代だ! という発想から、周りがスポーツ大会をしている中で大食いに挑戦しているような、ある意味異端な作品が生まれました。その作品の雰囲気やプロットを評価していただけて、素直に嬉しいです。
しかし、ご指摘いただいた通り、説明の一部に無理やり感があったのは事実です。これは締め切りまでの時間がないと駆け足で書いたことによる、私の表現力というか、想像力不足です。「空想」という看板を引っさげている癖になさけない話です。
さて、皆様からもっとも多く頂いたラストに関してです。賀集の小説の文体が、現代風であることが最大のヒント…なのですが、いくらなんでもそれから読み解けって言う方が無茶ですよね? はい、すみません。説明不足の一言に尽きます。
それから、あの医者。あれも私のミスです。この一言を加えれば、後は想像力で補えたことでしょう。
「俺は代々医師の家系で、祖父もその父も医師であった。」
これを妹の行の前後にでも入れれば、彼の曽祖父が残した無念を彼が晴らしたというつながりが示せたと思います。
あーミスばっかりだ……。


>尚文産商堂様
ご感想ありがとうございます。
きっと二人はあれをついに出版に……。そう期待しています。
大正の意見ではないですが、変な知識が邪魔をして肉体を伴った時間移動に納得が出来ず、それならばと生み出したものが精神の時間移動です。


>鳥野 新様
ご感想ありがとうございます。
私が書いている間に浮かんでいた映像は、現在の滑らかなデジタル化されてものではなく、コマ割が少ない荒も多いフィルムのものでした。多分、音声は弁士と演奏家の皆様が行っていたのでしょう。
劇画というのもいいですね。龍と猫の戦いは、蒲田などの劇場に看板で下げられていたら似合いそうです。いや、有楽町の東宝劇場か? …すみません。少し趣味が暴走しました。


改めまして、皆様からの多くの感想は、今後の作品作りに活かしたいと思います。
まことにありがとうございます!

あとがきに続く→

[389] 「まともな」あとがき Name:宇多瀬与力 Date:2010/11/20(土) 23:32
さて、改めまして作者の宇多瀬です。
こちらの後書きでは、作品とは違い、普通の現代語で書かせていただきます。

口上は、学生時代に応援団でちょこっとやったもので、資料の中から見つけた前口上からやらないわけにはいかない! と火がついて、結果として「後はお前らで想像しやがれコンチキショー!(意訳)」というものになってしまいました。
誠に申し訳ありません。でも、後悔はありません。

さて、何から話せばいいのでしょうか。
とりとめのない内容となってしまいそうですが、思いついたところから書かせていただきます。

そもそもこの作品が浮かんだきっかけは、この企画のタイトルを見たことです。これがもし「空想科学祭2010」ではなく、「SF小説祭2010」というものであったら、おそらく「空想未来小説」は生まれなかったでしょう。つまりタイトルの「空想」から、すべての想像が生まれたわけです。
しかしながら、「空想」というのは際限がありません。もう私にとって、それは積み木の山をもらった子どもみたいなもの。頭の中で積み上げては壊れ、積み上げては壊れの繰り返しでした。壊れずに積み木をちゃんと組み上げるには、ある程度の軸を決めて崩れてしまわないように組む必要があります。出来上がった作品は、その積み上げた結果です。ところどころ崩れている箇所はありますが。

また、劇中劇である小説は、作品を積み木に喩えるならば、こちらは画用紙とクレヨンです。ここに好きなものを描いていいと言われて喜んで描いた結果です。そもそもがツッコまれるようなネタなので、やるならばトコトン暴走させてみようと描いた世界です。
私自身も書いていて、菜々の説明とそれを聞いて勝手なイメージを固めた賀集の姿を浮かべて笑っていました。まさに自己満足のきわみです。

さて、問題なのは彼の作品のその後でしょう。
多くの方からご指摘して頂きましたが、この説明が確かに不十分!
彼は菜々と作品を完成させる約束をしました。そして、彼は同時に彼女との再会も約束していたのです。
彼のその後の人生は、想像してください。私から伝えたい条件は、冒頭で書いた菜々の母親の存在です。
賀集の小説は、現代風の文章体型で書かれています。当然、大正時代に生きる賀集が書いた小説が現代の文章になるはずがありません。
それがヒントです。
後は、ゆきとの結婚が決められていることと、賀集の持つ能力に近い特技ですね。でも、これからの想像で彼がどういう生き方をしたかは、具体的に示していませんし、そこは「空想」にお任せします。

もう一つ、補足しておく必要があるのは、時間移動の理屈です。
大正自身もその完全な説明が出来ていないので、不十分になってしまったのは仕方のないことですが、全く私の実力不足が為です。
この時間移動は、実際には時間移動ではありません。作中で示している通り、精神を「憑依す」行為です。
ここで出てくる精神の概念に、そもそも時間という制約が存在していません。その為、未来の精神が過去の肉体に移動すれば、結果的に時間も移動したことになっているというものです。
そして、大正が話したように、精神には一番いい宿しろがあります。それは言わずもがな、その人自身の肉体です。
しかし、この肉体がなくなれば、二番目に適した肉体が最適な宿しろになります。でも、その肉体にはその肉体の精神があるに決まっています。
一つ、重要な条件を書くことを忘れていました。適した肉体の条件です。
重要になるのは、精神が馴染み易い肉体。単純な話が血縁者です。そして、次いで重要になるのが、年齢です。
ある時点の精神が適している肉体は、拒絶されない馴染み易い存在で、かつその時点と同じ年齢の肉体であることです。
大正の装置は、精神を肉体から別の肉体へ憑依すものです。それは入力、出力、両方に対して有効です。
話を戻しましょう。その二番目に適した条件の肉体があっても、そこにはその肉体が最適な精神が存在しているわけですから、憑依ることはできません。
ならば、三番目なら、四番目なら、……という具合で、順番に憑依れる肉体がめぐるまで繰り返します。
憑依れる肉体とは、当然精神のない肉体です。つまり、死亡した肉体です。
大正が語る様に、あれは自分の肉体を失うことで、別の死亡しそうな肉体に憑依して蘇生する装置なのです。
精神が肉体の死を受け入れて肉体から離れれば、その肉体に精神はありません。そこに入るわけです。
なな子も大正明治という少年も一度死亡し、精神は肉体から離れています。そこに菜々や大正の精神が憑依したわけです。
菜々の肉体は、本来戻れないはずでしたが、元々がなな子に装置がかけられて無理やり入れられた精神であったため、病院で蘇生できたことで再びそこへ精神が戻れたのです。
大正の場合は、多分未来世界の彼本人の肉体を蘇生させる存在はないと思うので……ご想像にお任せします。


一言のつもりが、説明をしてしまってとても長くなってしまいました。すみません。
これだけの内容が書けなかったのかと、今は反省しております。
今後の作品づくりにこの経験は活かしていきたいと思います。

また、このたびの企画に参加できたことを嬉しく思います。企画者の方々を始め、参加者の皆様、そして読者の貴方に、多大な感謝を込めて締めくくらせていただきます。

誠にありがとうございました!


2010.11.20 宇多瀬


  


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